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熟練について part2: 熟練には量が必要、というハナシ

 若い頃、江戸川乱歩にハマった事があります。あまりに面白すぎて、1日2~3冊のペースで、あっという間に全部読んでしまった。「ウィザードリィ」というテレビゲームにハマった事もあります。金曜の夜から日曜まで、起きている時間はそれだけをやり続けた時期がありました。なんという人生の無駄遣い。。しかし、将棋とか楽器とかスポーツって、そういう「お手軽」に目的を達成できるものとはちょっと違う気がします。将棋でも楽器でもスポーツでも、いざやるとなると「知っている」「分かった」というだけでは全然ダメなんですよね(>_<)。演算の為の思考様式を自分の中に確立したり、覚えたと思ったものも、同じことを練習や本番で何回も繰り返さないとなかなか身につきません。熟練が必要な気がします。場合によっては自分を作り替える必要すらある。

 アタマがいいというのには、幾つかの意味があると思うんですが、たいがいの場合のそれって、「色々とモノを知っている」か、「物事に対する帰納や演繹という情報処理能力がある」のどちらかを指すのだと思います。しかし、熟練って、そういう「アタマがいい」という事とはちょっと違って、記憶の事だと思うのです(身体的記憶なのか中枢神経系の記憶なのかは別として)。そして、熟練、つまり記憶に必要なのは量なんじゃないかと。フィギュアスケートやスキーのジャンプなんかを見ていて、思う事があります。技なんて僅かしかありません。競技時間もあっという間に終わります。で、あの人たちって、その同じことを、延々ず~~~っと繰り返し練習してるんでしょうね。

 将棋に限らず、練習や勉強に効率や質が求められるのは当然で、そういう意味では量やれば熟練するというものでもないと思うんですが、しかし量やってないのに熟練するという事はありえないんじゃないかと。こうなると、熟練の前提は質ですが、熟練の達成は量、つまり勉強時間とほとんどイコール。じゃ、勉強とか練習というものがどう継続されるかっていうと…気質もあると思うんですが、動機としては好きかどうかが大きい気がします。将棋の場合、僕は許されればずっと勉強していても対局していても、ぜんぜん苦になりません。むしろ、そうならないようにセーブしているぐらい。しかし、何にでもこれぐらい打ち込めるのかというと全くの逆で、むしろ続くものの方が少ない。若い頃はずっと野球をやっていたのですが、練習が嫌いで嫌いでたまりませんでした。要は、そこまで好きじゃなかったんですね、きっと。

 将棋なんて、ほとんどの人にとっては趣味の領域を超えるものじゃないと思います。でも、将棋って、勝たないと面白くありません。で、勝つためには熟練が必要で、熟練の為には質だけではなく量(ひいては時間)が必要、この「熟練には量が必要」という事を考えれば、将棋みたいに熟練を要求されるようなディープな趣味というのは、「練習したくてたまらない」「止められたって勉強しちゃう」と思えるまでは、深入りしない方が良いのかもしれません。将棋に限らず、音楽だって絵画だってスポーツだって、「これだ!」というものに出会ってしまったら、止められたってやるんでしょうから。
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駒の動かし方を知っていた程度の初心者です。せいぜい1日1時間ぐらいしか将棋に時間を割けない社会人が、ガンバって1年で初段になる事が目標です!
(*追記)10ヶ月ちょいで初段到達!!ただいま、居飛車側から各戦型に対応できるよう奮闘中(汗)。。

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