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ボンクラーズの伊藤英紀さん、内館牧子さん他を訴える、の巻

 第2回電王戦はメチャクチャ面白かった!すべて土曜開催だったという事もあり、楽しく拝見させていただきました。で、特に感心したのが、将棋ソフトの開発者の皆さん。将来(いや、もしかすると既にそうかも)、将棋の最善手を探す事の出来る思考ルーチンを作る人こそが、将棋の最前線を切り開く人になるんだろうな、と思ったものでした。特に印象深かったのが、ボンクラーズ開発者の伊藤英紀さん。いかにも理系というか、理性的で論理的で、同時に社会性もある(社交的という意味ではありません)という、実に完成された大人という感じ。ただ、クールなので、誤解を受ける事も多いだろうな…とは思いましたが。この伊藤さんとポナンザの山本一成さんのふたりは、いっぺんに好きになりました。ところがどうしたわけか、伊藤さんは第3回の電王戦には予選にすらエントリーしませんでした。次も頑張ってほしいと思っていただけに残念で、何か訳でもあるんだろうか、と思ってました。
 で、なんとその伊藤さんが、日本将棋連盟、マイナビ、内舘牧子さんの3者を相手取って訴訟を起こしたとの事。内容は、『将棋世界』に掲載された内舘牧子さんの記事が名誉棄損に当たるとのことで、謝罪と損害賠償を求めたが会ってもくれなかったという事で、訴訟に踏み切ったとの事。なるほど、出版社であるマイナビと発行元である日本将棋連盟はエッセイストに巻き添えをくらった形か。で、『将棋世界』に掲載されたという記事は以下の通り。伊藤さんが問題とした部分は赤字にしておきます。

 これはご承知のように、現役棋士五人と五種類の将棋ソフトが対戦した「電王戦」の第四局である。この団体戦は、早くから話題になっていた。同誌によると、入玉で引き分けた塚田九段の涙した理由のひとつは、今回のソフト「Puellaα」を開発した五十代男性のひと言だったという。「入玉への対策はしていましたが、なおざりだった。名局と言われた前の2戦と比べて、つまらない将棋になってしまった。勝ちを逸したけど仕方ないです」
 同誌はこの言い方に対し、「ベテラン棋士」の言葉として「棋士は、自分が指した悪手を″つまらない手″だと言うことはあっても″つまらない将棋″だとは絶対に言いません(中略)やはり、それは相手に対して、尊敬の念を持って戦っているからです」と書いている。うなずく人は多かろう。
 私は開発者の発言を読んだ時、「五十歳にもなって、教養がないんだなァ。相手にするだけ無駄だわ」と思った。むろん、開発者としては、人間に圧勝するソフトを開発することは第一義だ。しかし、衆目が集まる中で戦う以上、少なくとも将棋界の精神文化を、ザッとであっても学んでおこうと思うのがその人の教養というものだ。この五十歳男性は、「将棋」という相手の舞台で開発の仕事をしながら、その文化や伝統、歴史などにはまったく無関心だったのだろう。とにかく、強いソフトを開発することに心血を注いで来たのだろう。だが、たとえそうであっても、相手への敬意として文化や精神を学ぶ姿勢が教養というものだ。
 一方、4月19日の秋田魁新報に、比較すると面白い記事が出ていた。囲碁棋士の井山裕太さんが、張栩棋聖からタイトルを奪い、碁界初の六冠となった際の様子である。終局後、井山さんは張さんの気持ちに配慮し、喜びを表さないよう努めていたことに、周囲は気づいていたという。二十三歳の井山さんの態度に対し、五十歳の開発者は「つまらない将棋」と言った。これを「開発者は部外者だから」で看過してはなるまい。井山さんの態度について、同紙は書いている。
「自分には喜びでも相手にとっては悲しみであることを、若き天才はよくわかっているのだ」
 こういう抑制の精神は、将棋、囲碁のみならず、柔道や相撲などの武道にも、日本独特の文化として共通する。「中高年」と呼ばれる年齢になってもなお、それさえ知らぬ人に腹をたてたり、泣いたりするのは無駄以外の何ものでもない


 …この内館牧子さんという人の発言、問題点が山積みでないかい?ちょっと突っ込み所が多すぎますね。。いやあ、こういう文章を、しかも署名入りで書いちゃう内館牧子さんという人って、どういう人なんでしょうね。とおもったら…ああ、むかし横綱審議委員会とかで朝青龍に噛みついていたオバちゃんか。当時、相撲の当事者でもないこの人が偉そうに「大相撲の伝統が」とか言っているのがとにかく鼻についていたものでした。だって、相撲をやっていたわけでもないのにそういう事をいうのって、おこがましいと思いませんか?いや、部外者が口をきいてはいけないという訳ではなくって、部外者であるのであれば、部外者であるなりの立場からの口のきき方をしてしかるべきなのではないかと思うわけです。相撲でいえば、たとえば「相撲というものの伝統というものを良いものとしたいのであれば、相撲の社会上での立ち位置から考えると、○○という感じであって欲しいと思うわけです」みたいな言い方をすれば、突っ込みどころは無くなるわけです。こんな論理は少し考えれば分かりそうなものを「相撲の伝統とは○○だ」みたいな言い方をしちゃうと、「おいおい、なんでお前がそれを定義できるんだよ」「お前が相撲の何を知ってるんだよ」と思ってしまうわけです。それは将棋でも同じ。文化とか安直に言ってくれるけど、文化ってのはその成員が成立させていくものであってだなあ…とか、まあ根本的な所から突っ込み所は色々とあるんですが、こういう物言いをして問題ないと感じていること自体が教○がないというか、アレですよね。

 どうにもこの内館さんという人、物書きのくせに論理学というものを分かっていない気がします。この短いエッセイの中だけでも詭弁だらけ。論点回避(推論の前提となる命題の真偽を問わず結論を真とする)、ストローマン(Aが主張していないことを自分の都合の良いように表現しなおし、さも主張しているかのように取り上げ論破することでAを論破したかのように見せかける)…。いやあ、こんな突っ込みどころ満載の論理立てで、よく物書きだなんて名乗れるものだと。楽譜も読めないクセに音楽家を名乗る人や、矢倉も組めないクセに棋士を名乗る人なんて、恥ずかしくってなかなかいないんじゃないかと思いますが、これで物書きが名乗るって…。先入観でモノを言って、それを強引に正当化しているレベルで、人を乏しめるなんて、とてもとても…。この件に関しては、僕は伊藤さん持ちです。プロ棋士とソフトの対戦が生み出す意味に関してだって、この詭弁エッセイストと伊藤さんでは、考えに費やした時間も、その情報の深さも広さも、比べ物にならないんではないかと。

 あと…「つまらない将棋」って、プロ棋士もけっこう言いますよね。この人、伝統がとか言ってるけど、実はあんまり将棋を見てないのでは??



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駒の動かし方を知っていた程度の初心者です。せいぜい1日1時間ぐらいしか将棋に時間を割けない社会人が、ガンバって1年で初段になる事が目標です!
(*追記)10ヶ月ちょいで初段到達!!ただいま、居飛車側から各戦型に対応できるよう奮闘中(汗)。。

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